遊戯王とMTGのミラディン土地
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地震被災者


自分がそれにになるなんて思いもしませんでした。
以下POMERAで書いた記事。

嫌な言い方かもしれないけどこんな体験滅多にできることじゃないしこの地震を通して過ごした日々を書いていこうと思います。

地震発生日
その日は普通に学校でしたが短縮日程でいつもより1時間ほど早く帰れたんですねー。
それで早く帰ろうと友達2人と駅に行くために歩道橋を中間くらいまで渡ってきたときでした。
自分が「あれ、これ揺れてる?でもどうせたいしたこと無い地震か風だろう」とか思った次の瞬間地面が揺れました。
言葉通り歩道橋の地面が歪んでました。
友達と「これやばいだろ!」って叫びながら急いで歩道橋を降りました。
そして上に電線も上に落ちてくるものもない駐車場に避難しました。
視界に映る物すべてが揺れてました。もちろん地面も。
しかも普通の地震とは比にならない揺れ方で「ここで俺は死ぬんじゃないか?」とさえ思ったほどでした。
20秒ほど揺れると揺れは収まりました。
別方向に帰る友達が心配で急いで駅に行きました。
しかし足が思ったように速く動かないんですね。
常に船に乗っているかのごとく足が震えてました。
それでも何とか駅に辿り着くと友達は怪我も無さそうでほっとしました。
そして学校の先生に呼び出され皆で学校のグラウンドへ。
けれどグラウンドに行くには、またあの歩道橋を渡らなきゃなりません。
嫌な予感がしながらも100人近くの生徒たちが歩道橋を渡っていきます。
嫌な予感は的中しました。
さっきほどではないにしろ震度5位はありそうな地震が再び襲ってきました。
先生が「近い法から降りろ!」と叫びました。
ここで恐らく小学生の頃に習った「お(押さない)か(駆けない)し(喋らない)も(戻らない)」を使う場面なんでしょうが皆パニックに。
綺麗に全部守らず走って押して叫んで戻ってました。
結果誰も怪我をせずに降りられたのですがやはり頭の中では分かっていてもいざ実行はできないんだなぁ。としみじみ痛感しました。
女子生徒は泣き始め、自分も家族が心配になってきました。
電話もメールも通じません。
地震が来そうになかったのでまた歩道橋を渡ることに。
今度は皆渡れたようで一安心。
学校のグラウンドに着くと市の人や生徒たちが集まっていました。
600人以上はいたでしょうかね。
クラスの人も多くいてみな地震のことについて話したり心配そうな顔で携帯をチェックしてました。
自分も電話やメールを試してみますが一向につながる様子もなく、あたふたとしてました。
1時間後ようやくメールが届き両親が無事なことを知り、ほっとしました。
さらに1時間位すると、外が暗くなり体育館に移動することになりました。
体育館の中も暗く気温も外と対して変わらず・・・。
雨風が凌げるので若干マシでしたがやはり何もしないと寒かったです。
2時間ほど体育館で待たされると学校側からチョコとお茶の支給が。
空きっ腹にはチョコ2粒がとてもおいしく感じました。しかしその反面自分たちが今どのくらい悲惨な状況なのかを再認識させられました。
その時間辺りから生徒を迎えにくる親が増えていき、1人また1人と生徒が帰宅していきました。
羨ましいと思いながらも安心したり。
自分の親が迎えに来れずこれは体育館で1泊を覚悟かとか思っているとなんと同じ方面の友達の親が自分を乗せてくれるとのこと。
1時間程でくるということでしたが当然外は交通麻痺。
結果5時間ほどかかりました。
友達の親にはもちろん自分が精一杯できる感謝を。土下座しようとも思いましたが友達の親に止められたのでやめときました。今度友達には何かお礼をあげよう。

友達の家の車に送られ何とか自宅に。
帰路にも道路が陥没してるところや隆起しているところが何回かみられました。
橋の上は崩れないかと心配しながら渡りました。
自宅は当然ながら電気がついてなく猫を呼んでもでてこず・・・。
仕方なく親が避難してるセンターに向かいました。
センターで親と再会。怪我もなく安心しました。
今日は祖父の家に泊まりなさい。と言われたのでもう1度自宅に寄ってから祖父の家に行こうと決めました。
自宅は相変わらずでしたがよく見るとどこも外装は壊れてなくて一安心。
もう1度猫の名前を呼んでみると家の2匹中の猫を1匹見つけることができました!
しかし猫の腰が抜けてしまっていて抱っこして祖父の家に向かいました。
祖父の家に着くと今日は車の中で1夜を越すとのこと。
猫共々車の中へ行きその日は終了。
寝たのは1時半でした。

2日目。
朝の5時に猫が鳴いて起床。
パン屋の叔父さんにパンをもらい朝食を食べる。
その後近くのスーパーに水をもらいに。
水を2リットル貰い、猫の餌も幾つか貰いました。
その後はもう1匹の猫を探しにまた自宅へ。
自宅に着いて猫の名を呼ぶけれどでてこず・・・。
しかし何度か呼んでいるとやっと車の下から出てきてくれました!
怪我もなく本当によかったです。
その後は家の中に。
滅茶苦茶でした。
食器棚は倒れ、ガラスコップは幾つかガラスの破片と化していました。
自分の部屋を見てみると本棚が倒れ中の本が全て出ていて机の上の教科書類もバラバラ。
しかしカード類とパソコンなどの電子機器は無傷でホッとしました。
その日は一日自分の部屋を掃除して終了。

3日目。
2日目はやることもなく19時に寝てしまい、起きたのは7時でした。
その日は朝に携帯の電池が切れてしまい、電池を買いに行こうとしましたがコンビニは全ての商品が品切れ。
家電系の店も100人近くの人が並んでいて諦めました。
その日からガスが使えるようになり何とか暖かい料理が食べられるようになって口の中が喜んでいました。
しかし、水と電気がまだ通ってませんのでひたすら風呂に入りたくてしようがなかったです。
18時ごろやっと電気が戻って今ブログ書けてます。


貴重な体験でした。いい意味でも悪い意味でも。
まだ地震は完全には落ち着いてないんで冷静に行動したいです。
今回はご心配おかけしました。
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2011⁄03⁄13 18:36 カテゴリー:日常 comment(4) trackback(0)
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コメント



ご無事でしたか
後は何事もなければ・・・

東京とはいえ私も恐ろしい揺れを目の前で体験しました・・・
2011/03/13 22:33URL | ムクロン[ 編集]


とにもかくにも体が無事で何よりでした

まだゆだんはできない状態ですがお互いがんばっていきましょう
2011/03/13 23:02URL | 咲夜-sakuya-[ 編集]


地震の後、平然と何事もなく過ごしてましたが、被災者たちは日常に戻れず、ろくな食事がとれていないってときに自分はいつも通りにに飯食ってゲームやってたりして俺は最低な奴だと思わされました・・・
2011/03/14 00:19URL | カヲル[ 編集]


無事でよかった。
僕も地震起きた日は帰れなくて翌日の早朝4時くらいにやっと迎えがきた。
ほんと貴重な経験だったなぁ
2011/03/14 20:34URL | 溝ry[ 編集]



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